1000年長寿の亀に守られている「赤嵌楼」、台南観光編1

赤嵌楼

あーもう、人に伝えるの難しい…。

私食べ物以外の下調べあんまりしないので現地で決める事多いんですよ。とにか1日目は歩き回ったのでどこ歩いたんだか写真見ても思い出せない。ブログ運営することわかってたらメモっておいたんですけどね。誰かもう一回行かせてくれませんかね。暇なので…。

私のFBはアルバムしかアップしませんから性格わかりますよね~

て、りんママ言い訳多いですから。はい。では有名どころからどーぞ。

【前回参照】

朝日も眩い台南駅の目の前に鉄道大飯店あり
桃園空港から台北を経由して長距離バスで台南に着きました。駅の時計が朝の6時を表記しています。さぁ、ここから3日間台南を満喫していきますよ!!
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基本情報

住所:台南市中區民族路二段212號

参観時間:8:30~17:30(土曜日は21:30まで)

定休日:年中無休(清明節、端午節、中秋節及び春節(旧正月)1~3日を除く)

入場料:大人50元、学生・子供25元(学生証の提示が必要)

赤崁楼(チーカンロウ、せきかんろう)とは

台南最古の歴史建造物。

1652年、オランダ人に築城され、もとはプロビンティア城(オランダ語で永遠の意味)と称していたが、漢民族はオランダ人のことを紅毛と呼んでいたため「紅毛樓」とも呼ばれていた。ほか、名称としては「赤崁城、赤嵌楼、番仔楼」などあり。

1661年、鄭成功がオランダ人を制圧、プロビンティア城を首府に制定。承天府と改名し行政機関を置いた。

オランダ統治、明鄭時代、清時代、そして日本統治時代と実に様々な政権へと移り変わっていく中で、何度も改築や修復がされ現在に至る。レンガの城門と基盤が当時の面影を残す。

1862年、台湾南部を襲った大地震によって城は全壊。

1875年、海神廟が建築。

1886年、文晶閣が建築。

1983年、国家一級古跡に指定され、台南を代表する名所古跡となる。

「鄭成功に降伏するオランダ人」の銅像

赤嵌楼

1661年4月、鄭成功が台江内海を越えてプロヴィンティアの城砦を攻略し東都明京と定め、承天府を設置。さらに鄭成功はここに9ヶ月間滞在し、ゼーランディア城(オランダ東インド会社が中国貿易のため1624年に台湾西岸の台南の外港安平に築いた城)を攻略。

38年におよぶオランダ統治は終焉を迎えた。

鄭成功は鄭芝龍(父)と日本人の田川マツ(母)を親とし平戸に生まれ、7才まで日本で育つ(日本名は福松)。

9基の石亀駄碑

赤崁楼

ほーら、1000年長寿の亀さんがしっかり守ってくれています。亀がかかえている石碑には良い功績を残した人への文が書かれているそうです。

思わず「可愛い」て記念碑的なものに初めて思いました。

伝説によれば石亀は龍が生んだ9人の子の一人で、重責を負わされていたため亀の形にされたという言い伝えがあります。

海神廟

1875年建築。

赤嵌楼はゲート正面に見えるのが「海神廟」であり、その奥側に「文昌閣」の2棟で成り立っています。それぞれの建物は繋がってはいないですが、各々の建物を登ることが出来るため、2階からの眺めはこんな感じです。

赤崁楼

文昌閣の2階から海神廟を撮影。

伝統的な「歇山重簷式」という屋根の先は、生き生きと水の中を踊る鯉の造型で飾られています(↓)。

赤崁楼

鱗部分の造形と朱色がなんとも艶やかですよね。

海神廟からの庭園の眺め。

海神廟

文昌閣

赤崁楼

1886年建築。

ここは学生の心の拠り所で霊験あらたかな場所として、遠くまでその名を知られるようになっているためいまだにこんなことになっています(↓)

赤崁楼

ばっちり個人情報が満載。女子の学生証的なものは写真付きだったりするので恋愛掲示版かと思ってました(笑)

日本の神社の絵馬的な感じなんでしょうけど、どちらの学生さんも神頼みは万国共通なんですね。

ライトアップ

土曜日は21時30分まで見学できます。

私はたまたま知らずに前を通っただけですが綺麗ですよね。さすが観光地なだけあって様々な観光スポットがライトアップされていました。

赤崁楼

以上、まずは誰もが絶対観光するであろう赤嵌楼をご案内しました。

アップ後も加筆修正することがありますが、いまいち要領得ておりませんので何度でも見に来てみて下さい。

なお、掲載情報に間違い等がありましたら教えて下さいね。

つづく

うわ、台南のガイドブック初めて見つけました↓↓↓↓

こちらは基本ですけど、小さい盤て便利ですよね。



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